片桐紀子が退学となってから、早くも1ヶ月が過ぎようとしていた。
なぜ彼女が退学になったのか。
女子生徒の間では、菊池由佳の口から真相が知れ渡っていたが、男子生徒はだれ一人としてそれを知る者はいなかった。
片桐紀子が退学となったその当日、ただ一人真相を知る男子生徒である荒木健一もまた、紀子と共に、煙のように消えてしまったからだ。
紀子は退学後、行方不明となっていた。
男子生徒の間では、2人の突然の失踪が惜しまれた。
クラスの花である女子生徒が一人いなくなるという事は、彼らにとってはまさに一輪の花が散る事であり、委員長もまたクラスの人気者であった。
女子生徒の間でも、荒木健一の失踪は惜しまれていた。
しかし、片桐紀子の退学についてはごくごく当然のように考えられていた。
いずれにしても、いなくなった者の事をいつまでも悔やんでいても仕方がない。
新しい委員長も選出され、毎日が平凡に過ぎていた。
そんなある日、失踪した2人が作成したと思われるホームページが存在するとの噂が男子生徒の間で突然流れはじめた。
「日本における性差別教育の実態」とタイトルのついたそのホームページには、1ヶ月前に行われた遠足のバスの中で女子生徒がオシッコを我慢している写真や、片桐紀子がオシッコを漏らしている所を写した写真、そして女の子がオシッコをしている所を描いたルネッサンス絵画を思わせる絵が何枚も掲載されていた。
女の子がオシッコをするものだと思っていない男子生徒にとっては驚くべき事であったが、そのページにはさらに驚くべき内容の告白文が掲載されていた。
その噂を聞いた男子生徒は、1ヶ月前の遠足の記憶のうち、願万水寺を出てから公園で解散するまでの記憶がポッカリと欠落してしまっている事に初めて気づき、狼狽していた。
校則ではインターネットの使用は厳禁であり、違反した者には厳しい処分が待っている。
もちろん男子生徒のほとんどはその校則に対して反感を持っている。
貴重な情報を流してくれている者が処分を受けるような事をわざわざする者はいない。
だから、噂の発端が誰なのか、探し回る者もいない。
しかし、その驚くべき告白文の内容が本当かどうか確かめようとする者は皆無ではなかった。
真夜中になった。
誰もいないはずの学校。
しかし、そこにいくつかの人影があった。
「おいおい、本当にあんなものがあるのかよ」
「俺だって信じらんねぇよ。でも、もし本当だったらすごいと思わないか?」
「でも、もし誰かに見つかったら……」
「イヤならついて来なくてもいいんだぜ」
「お、おい、一人にするなよぉ」
荒木健一のクラスの男子生徒数名は、保健室の扉を開け中に入った。
「確かこのあたりのはずだ」
一人の男子生徒が部屋の奥の壁を押した。
壁はあっけなく回転した。
その向こうにもう一つの部屋があった。
懐中電灯で部屋の中央と照らすと、その中央に、大きな機械のようなものが現れた。
中央にある椅子のよう装置と、その上にある大きなヘルメットのような装置が、その周りを囲むようにして存在する大きな機械に取り付けられている。
「これだ。これが、俺達の頭から女の子のオシッコに関する知識と記憶を完全に消してしまったんだ」
思わず機械に触れようとした生徒を、別な生徒が止めた。
「お、おい、やたらと触るなよ」
「あ、ああ、そうだな」
「も、もういいんじゃないか。あの噂の機械の存在は確かめたんだから、目的は果たしたんだ。そろそろ帰ろうぜ」
一人が震え声で提案した。
「そ、そうだな」
彼らが保健室を出ようととして廊下への扉に手を掛けた。
「お、おい、あかないぜ」
「な、なんだって? かしてみろ」
彼らは力を合わせて扉を開けようとしたが、びくともしない。
そのうち、ガスが漏れるような音が彼らの耳に聞こえてきた。
「お、おい、やばいぜぇ。は、早く逃げようぜ」
「逃げるったって、どうやって逃げるんだよぉ……」
闇の中で、彼らの意識はさらに深い闇の中へと消えていった。
次の日。
彼らのクラスから、3名の男子生徒が消えていた。
男子生徒の中には彼らの突然の消失を不思議に思う者はない。
彼らの頭からは、消えた3名に関する記憶がきれいに消されていたのだ。
しかし、女子生徒は彼らを覚えていた。
そして、男子生徒の頭から3人の記憶が消されている事も知っていた。
この日以来、男子生徒は学校に寝泊まりする事が義務づけられた。
そして、学校から一切外へ出る事が禁じられた。
この学校が昔日本軍の特殊研究施設から譲り受けた記憶消去装置はまだ完全なものではなく、男子生徒が女の子がおもらしをする現場を目撃した記憶や、この装置自体の存在を目撃した事実など、強烈な印象を伴う記憶は消去できない場合がある。
また、この装置は男性の脳に照準を合わせて作られていたため、女子生徒の記憶を消す事はできない。
しかし、それでもこの学校の女子生徒たちに、自分たちの恥ずかしい秘密を男子生徒に悟られないようにする訓練を行わせるには十分である。
「あたし、ちょっとお手洗いに行ってくるから、待っててね」
休み時間、恥ずかしい欲求を我慢できず、その欲求を満たすための場所へと足を運ぶ途中で男子生徒に声をかけられてしまった哀れな女子生徒の声が、今日も聞こえる。
「手を洗うだけだろ? この次の休み時間でいいじゃないか」
何も知らない好奇心旺盛な男子生徒の典型的な反応である。
しかし、乙女というものは、この困難からスマートに逃れる術を常に知っていなければならない。
「いけないわ。女の子はいつでも、顔や手をきれいにしておかなければならないのよ」
そう言いながら、彼女は乙女の秘密の場所へと向かうのだった。
―完―
(この物語はフィクションであり、登場する固有名詞は実在のものとは一切関係ありません)
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