ミニメロン作品

遠足の思い出

プロローグ
雲一つない夏の晴天だった。
4台の遠足バスは、本日最後の目的地である「願万水寺(がんまんすいじ)」を目指して、古めかしい雰囲気を残した村の小道を進んでいた。
それぞれのバスの中では、夏の制服に身を包んだ中学生たちが、歌を歌ったりおしゃべりをしたりと、遠足の楽しみを満喫していた。
その中でも特ににぎやかなのが、4号車だった。
いや、にぎやかというよりも、騒々しいと言った方がよいのだろうか。
とにかく男子も女子も、どうしようもないほど騒ぎまくっている。
「あと5分ほどで、次の目的地であります願万水寺に到着するわけですが、この寺には昔から伝わる物として……」
若いバスガイドの木村千晶が持ち前のおしとやかな声で説明するが、もちろん彼女に耳を傾ける者は生徒達の中にはいそうにない。
「ねえ、恵子、あなたのクラスの子って、みんなとっても元気がいいのね。特に女子生徒の迫力は凄まじいものだわ」
説明を続ける事がばかばかしくなった千晶は、先頭の席に座っている高山恵子にそっと囁いた。
「ええ。おかげさまで、とっても元気がいいわ。元気が良すぎて困っちゃうくらい。ほんとにごめんなさいね」
2人は中学時代の同級生だった。
と言っても、卒業以来、ほとんど会った事はない。
今日は偶然の、久しぶりの再開なのだ。
しかし、その日に限って自分の教え子たちの、こんなみっともない態度を披露しなければならないとは。
「そういえば、あたしたちもここへ来たわよね。中学校の遠足の時」
千晶が言った。
「そうね……あの時はちょうどあたしたちも、この生徒たちみたいに騒いでたわ」
「でも、この寺を出た後は、みんなシンとなっちゃったわよね」
「そうね……」
2人は顔を見合わせ、微笑んだ。
彼女たちだけに分かる、含みを込めて。

バスを降りた後も、生徒たちは騒ぎ続けていた。
その生徒たちを、恵子が懸命に静めたところで、千晶は説明を開始した。
「この寺では昔から『美容と幸福の木の実』という物が栽培されていて、この実を食べると願い事がかなうと言われています。それから、特に女の人にとっては、肌がきれいになって、美容にもいいそうですよ」
バスガイドの言葉によって、恵子のクラスは他のクラスの生徒とは別行動を取る事になった。
寺に着いて、境内の建物の外観を見回った後、1つの大きな建物の中に入っていく他のクラスの生徒たちと分かれ、奥の方にある森の中へ入っていった。
日光がほとんど差し込まないほど木の生い茂った森だったが、中は光を放つ苔やカビによって美しく照らし出されていた。
数分ほど歩いた所に広場のような場所があり、中央にひときわ明るく輝く美しい葉を茂らせた、人間の背丈ほどの高さの木が生えていた。
木のいたる所に赤い小さな実がついている。
その実を恵子と千晶が丁寧に取り、生徒一人一人に1個ずつ配った。
小さな実は、それ自体が赤い光を発しているようだった。
「みなさん、いまお配りしたものが、『美容と幸福の木の実』です。どうぞ食べてみてください」
千晶の言葉に従い、生徒たちは恐る恐るその実を口に含んだ。
その瞬間、生徒たちの口の中に、火のような辛さが広がった。
「な、なんだこりゃ、かれ〜〜〜!」
「う、うわぁっ!! ペッ、ペッ!!」
「うひゃぁ〜〜〜」
あまりの辛さに、皆は悲鳴をあげ、実を吐き出した。
しかし、その時にはすでに遅く、口の中に残った辛みは彼らの舌を絶えず刺激し続けた。
「みなさん、幸福の実を吐き出しちゃうなんて、なんてもったいない事をするんでしょう。ま、いいわ。そろそろ集合時間ですから、バスに戻りましょう」
バスの前では、恵子先生が待っていた。
そばには大きな段ボール箱を載せた台車が置いてある。
恵子は皆が森にいる間、この寺の名物である「とってもおいしい願万水」をクラスの人数分だけ買いに行っていたのだ。
生徒がバスに乗ると、ペットボトル入りの水が配られた。
彼らは待ちきれないかのように栓を取り、一気に飲みはじめた。
飲んでいる間、点呼が行われ、バスが出発した。
生徒たちは、何度かボトルから口を離しながらも、懸命に飲んでいた。
その様子を、美人教師とバスガイドは妖しい微笑みを浮かべながら見ていた。
「たっぷり飲んでるわね、あなたの生徒たち」
「そうね。あのお水があの子たちにどんな悲鳴を上げさせるか、とっても楽しみ……」
ボトルに入った2リットルの水を飲み干した所で、やっと生徒たちの口の中の辛みが徐々にひいていった。
バスは間もなく高速道路に入った。
午後2時の事であった。


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