人類が遺伝子工学を発展させながらもかつての繁栄を失い衰退への道を歩みはじめている近未来を舞台とした、田中ユタカさん初の長編コミック「愛人」。
単行本の表紙を見ると確かに田中ユタカ作品なのですが、これまでの田中ユタカ作品とはだいぶ異なり、かなり重たい内容になっています。
若くして避けられない死を迎えようとしていた主人公「イクル」は、彼の精神的救済のために市の福祉課から与えられた人造遺伝子人間の少女「あい」と共に、山の中の家で暮らしはじめます。
あいは、もともと何らかの目的のために作られ何らかの理由で凍結された人造遺伝子人間を再生させたものであり、その人格は人為的に作られた擬似的なもので、寿命にも人為的に制限が設けられています。
最初は言葉もしゃべれなかったあいが、次の日には言葉が分かるようになり、次第に精神年齢が肉体年齢相当に近づいていく過程は、最近流行った電子ペットのファービーを思わせます。
ファービーも最初は人間の言葉を話す事もできないのに、飼っているうちに言葉を覚えて(実際は覚えるわけではないのですが)、日本語版のファービーは日本語を、英語版は英語を喋るようになるそうです。
刺激を与えると普通のペットと同じように反応し、逆に放っておくと不機嫌になったりします。
現在ではその他にもさまざまな電子ペットが開発されており、いずれも飼っていない人にとってはただのオモチャにしか見えないのですが、飼っている人にとっては手放す事のできない存在のようですね。
イクルの恩師も、あいを最初に見た時は「あのコの事はただの人形だと思って接しなさい」と言いましたが、あいに「きれいだ」と言われてから考えが少し変わったようです。
それはその時代の技術による擬似人格本来の効果ではなく、あいが通常とは若干異なる再生過程をたどっている事と関係があるらしいのですが、第2巻を読む段階ではその詳細は明らかにされていません。
あいとの生活の中で、初めて生きる喜びを発見したイクルは、死が近づくにつれ発作的に起こる激しい苦痛にに悩まされるようになりながらも、あいを残して死なないと約束するのでした。
さて、肝心のくすぐりシーンですが、明確に含まれているのは第2巻目です。
二人が仲良く暮らしている様子が描かれている中で、イクルがあいの腕を持ち上げて腋の下をくすぐっている場面が僅かにあります。
また、イクルに身体を撫でられてくすぐったがる場面もあり、似たようなシーンは第1巻目にもあります。
「愛人」というのは、日本語読みではなく中国語読みで「アイレン」と読み、背景の絵にも中国語らしき文字が見られる事から、舞台は中国かとも思えるのですが、あいが描く絵日記の絵に書かれた文字は日本語だったりするので、はっきりとは分かりません。
他にも、イクルの身体の半分を占めている「他者」が何の目的でイクルを生かしたのか、そして「他者」とあいとの間に何らかの関係があるのか等、いくつかの謎がありますが、ストーリーが進むにつれてやがて明らかにされていく事でしょう。
ちなみに「愛人」は、これを書いている現在も、白泉社の雑誌「ヤングアニマル」に連載されています。
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