神田明神下のとある家
「おしず、ちょっとこっちきな。」
「何だいおまえさん。」
「いいからこっち来なって。」
「もう何だってんだい。ちょちょっとおまえさん何する気だよ。」
「いいじゃねえか、久しぶりに。」
「何言ってんだい。お天道様まだ真上じゃないか。ちょっとやめてってば。くすぐったいよ。」
「そりゃそうだ。くすぐってるんだから。」
「なに。ははははははちょとやめて。きゃははははは。何すんだよ私はくすぐったがりだって知ってんだろこのスケベ。」
「何んだとこのやろう。それじゃあおめえの一番苦手なところを責めてやる。」
「ぎゃーはははははははははやめてーははははははははは。お願いきゃーはははは何でも言うこと聞くからあーはははははははははははははははははは。あんもうおまえさんったら、もっと優しくしてん。」
「てーへんだてーんだ。親ぶーん。」
「な、なんでいはちじゃねえか。ど、どうしたい血相かえて。」
「なんか変ですぜ、親分それにおかみさんも。」
「うるさいねえ。」
「え、えらく機嫌が悪い。でもさっきおかみさんの笑い声が聞こえてたような。」
「うるさいってんだよ。このすっとこどっこい。」
「いい加減にしねえか二人とも。それで、どうしたい。」
「へい、神田川にどざえもんが上がったんで。」
「何んだと。よし案内しな。おしず出かけるぜ。」
「あいよ。今夜続きしようね。」
「わかったって。はちいくぜ。」
神田川から上がった死体は、若い女で殺されてから神田川に捨てられたらしい。
「こいつは殺されたから捨てられたな。」
「え、どうしてわかるんで?」
「おめえは何年岡っぴきやってんだ。よく見な水を飲んで死んだ死体ならもっと水膨れみてえになってるだろ。」
そこへ一人の同心が現れた。
「神田明神下の銭型平吉とはおまえか?」
「へい。えっとだんなは。」
「わしは新たに赴任した同心中村紋土と言う者だ。」
「ああ。中村紋土様とおっしゃるんで。ひょっとして養子さんじゃあ・・・」
「うるさいなあ、どうしてそんなつまらんことを知ってるんだ。」
「いえ。どうもすみません。」
そこへ別の岡っ引きが現れた。
「その仏さんはこの辺のスリのお菊ですぜ。」
「あ、てめえは黒門町の伝助、また邪魔しに来やがったな。」
「何だと平吉、喧嘩なら買ってやるぜ。」
「こら、貴様ら仕事そっちのけで喧嘩してるんじゃあねえ。とにかく仏さんを番屋まで運ぶんだ。」
「大岡殿。」
「ああこれは北町の遠山殿。当番ご苦労様でござった。」
「いや。それはそうと大岡殿、ここ最近頻発しておる若い女の失踪事件とうとう解決できませなんだ。この上は其処もとの当番の間、例の銀さんなる遊び人に扮し、隠密にて調査してみようと思っておるが、かまわぬか?」
「何が起ころうとそちらの責任ということであれば、どうぞお好きに。」
「解っておる。」
「ときに遠山殿、この話時代背景がめちゃくちゃとは思いませぬか?」
「そうよのう、作者が作者ゆえいたしかたあるまい。この間ある茶店にて家康公と太閤秀吉公がお互いを罵倒しながら将棋をさしておるのを目撃しもうした。」
「なるほど、してその両名が何故家康公と太閤秀吉公であるとおわかりになられました?」
「・・・・・大岡殿、後よろしくたのむ。」
「お任せくだされ、この次の北町の当番には片づいておりましょう。」
「(ムカッ。)さすが大岡殿じゃ。」
とある大名屋敷へ正装した大商人や聖職者又高級武士達が集まって来た。
彼らはいったん大広間へ通され、談笑していた。
「今日はどんな女がそろってるんでしょうな。」
「それはそうと遊び終わったあとの女はどうしているんでしょう?」
「そりゃ全員殺すわけにはいかないから、外国に売り飛ばしているらしいですよ。」
「それはもったいない。」
「いや、ほんとに。はははははははは。」
「みなさまお待たせいたしました。準備ができましてゆえ、例の部屋へおこしください。」
小遣いがそう言うと全員がぞろぞろと彼らの趣の待つ部屋へと向かった。
そこには数人の若い女性が全裸にされ、はりつけ台のようなところに縛り付けられていた。
しばらくすると、それぞれの趣味にあったやり方で女を責め始めた。
ある者は鞭でしばき、ある者はこけしのようなものを股間に刺して喜び、そしてある者は羽のようなもので女の体をまさぐった。
けたたましい悲鳴を上げるものの、深い地下室から外へ聞こえることはなかった。
「ごめんなすってお殿様。」
「おう平吉じゃねえか。こっちへへえんな。」
「へい。お殿様があのお菊って女の仏さんひきとられたって聞いたもんで。」
「ああ。間違いねえ。おれがお菊を使って探らせたんだ。かわいそうにあんなことになるとはなあ。」
「ご心中お察し申し上げます。それでどこを探らせたんでござんすか?」
「平吉。こんどのやまはおめえの出る幕じゃねえ。今回はこの早乙女悶怒介にまかせておきな。」
「お殿様も人が悪い。そんな話聞いてあっしが手を引くとでも思っていらっしゃるんですかい?」
「いや。これはおまえのためを思って言ってるんだぜ。」
「お殿様、あっしにはタツだけじゃねえ。刀握らしゃあめっぽう強い丹下右膳って浪人と弁天小僧次郎吉って子分がいるんですぜ。」
「ほう。それはたのもしいな。それじゃあおれのもう一人の女間者お銀を今宵例の屋敷に忍び込ませようと思っているんだが、その次郎吉と言う男を一緒に行かせてくれぬか。」
「そいつはかまいませんが、実は次郎吉も女なんで。」
「何だと。」
「へい。鼠小僧次郎吉の一人娘でお孝と言うんです。」
「大丈夫かなあ。」
「まああのお孝は今までしくじったことはありませんけど。」
「まあ一人より二人の方がいいだろうが、向こうには椿三十郎と眠狂四郎という剣の達人がいるらしいからな。」
「それじゃあこっちも腕のたつお侍を集めましょうぜ。」
「そんなやつがいるのか?」
「いますいます。まずお殿様でござんしょ。うちの丹下左膳に最近この右膳と友達になったってお侍がいるらしいんで。何でも身体障害者仲間で柳生十兵衛とかいってましたぜ。」
「柳生十兵衛ってあ、あの柳生十兵衛か?」
「どの柳生十兵衛か存じませんが、そう言っていました。」
「とにかくほんとに時代背景がめちゃくちゃだなあ。」
「へい。あっしも出演したくなかったんですがね。あの変な作者のやろうにむりやり頼まれましてね。」
「まあとにかく、お銀入りな。」
「はい。平吉のだんな。お久しゅうござんす。」
「あ。おめえは。」
「へー。おめえたち知り合いかい?」
「知り合いなんてえ気の利いたものじゃありません。こいつは神田の美人局お蝶。こいつに泣かされた男はこの江戸の町に何人いることか。」
「恨みっこなしだよだんな。みんな早乙女のお殿様のためなんだから。」
「はははは。この女はいい女だからなあ。ははははははは。」
「笑い事じゃありませんぜ。とにかくおうお蝶、てめえにおいらの子分のお孝を委ねるのはむかつくが。よろしく頼むぜ。あれは身は軽いが純情なんだ。」
「解ったよ親分。」
その夜、お銀と弁天小僧次郎吉ことお孝の二人は、事件に深い関わりがあると思われる田沼意次の屋敷へと向かった。
「お孝ちゃんいいかい。いくよ。」
「はい。お銀さん。」
二人は田沼の屋敷に忍び込んだ。わりと簡単に天井裏へ忍び込めたが、お銀はすでに何かいやな予感がしていた。
「田沼様、いよいよ筆頭老中ですな。」
「ああ。ここまで来るには随分と金がかかった。若い女を拐かして好き者の客に遊ばせる。使い古した女は外国に売り飛ばす。こんな商売を考えつくのはおまえぐらいのものだ。正雪。」
「お褒めにあずかり、恐縮でございます。それよりこのお屋敷に女狐が二匹、迷い込んだようにがざいます。」
「なに。」
「別室の拷問部屋に拘束しております。たまには田沼様も楽しまれてはいかがでございます?」
「そうよのう。わしの責めはいささか変わっておるが。」
「お好きになさいませ。相手は人間ではなく女狐でございますぞ。」
「なるほど。よう解っておる。ははははは。」
お銀とお孝は全裸で張りつけ台に縛られていた。
「お銀さんどうしよう。こんな格好でわたし・・・。」
「心配しないでお孝ちゃん。きっとお殿様や平吉の親分たちが助けてくれるから。」
そこへ数名の男達が現れた。
「おまえ達は誰の手の者だ。白状しろ。」
「なに言ってやがんだいこの変態やろう。さっさと離しやがれ。」
「ほう随分と威勢がいいな。それでは後悔させてやるか。殿、いかように料理いたしますか?」
「わ、わしはのう、若い女をくすぐり責めにして死ぬほど笑い転げる姿を見てみたい」「ほう。なるほど。それには絶好の男がおります。市、こっちへまいれ。殿、この男は目は見えませんが、女の体のどこを触れば悦び、どこを触ればいやがるか熟知しております。」
「よし、やって見せい。」
「は。よし市、おまえの腕の見せ所だ。思う存分責めろ。」
「へい。あ由井様、二人いるようですがどちらから?」
「どっちからでもいい。」
「へい。」
「え、何だよこの変なやつは。ちょっと何だよこっちこないで気持ち悪い。」
「お、お銀さん。今度はこっちへきた。」
「ちょっとまちな。その子には何にもしないで。」
「いやー。こっちこないで。」
「おまえいいにおいだ。おまえからかわいがってやろう。」
「いやーんお銀さん助けてー。あ・あ・あはははははははははははやめてー。」
「おい。てめえお孝ちゃんにさわるな。」
「いやんやめてー。きゃーーーー。そこだめーははははははははははははははははははははははははははははははは。きゃはあははははははははははははははははは。」
「やはりおまえはここが苦手だったな。よしそれじゃあこれはどうだ。」
「きゃーーーははははははははははーははははきゃはははははははやめてー。」
「よしそれじゃあ次へ行くか。」
「なんだよ変態。近寄るな。」
「気の強そうなお嬢さんだ。こんなおんなはここをもまれるのがいやなんだ。」
「ぎゃーはははははははは。何しやがんだてめーぎゃははははははははははやめてーおーほほほほほほほほほほほほほ。はあはあはなせーきゃははははははははははははきゃはは、きゃはははははははははははははははははははははははははははははあははは、あはは、はははははははははははははははお願いもうやめてー。」
「おまえ達はどこの手のものだ。」
「いやははは、ははは、言う言うからやめて。」
「お、お銀さん。」
「さあ、言ってみろ。」
「はあ、はあ、はあ、私たちは由井正雪って変態やろうの手の者さ。」
「何ー。ふざけやがって。もっとやれ。」
「ぎゃーはははははははははははははははははははははははははははははははは。」
そのとき外で騒ぎが聞こえた。
「何事だ。」
「は、早乙女悶怒介と名乗る旗本が殿に合いたいと申しております。」
「今取り込み中と伝えよ。」
「何の取り込み中なんだ。」
「あ、貴様誰に断って入ってきた。」
「悪党がそばにいると俺の退屈の虫が騒いで早く合いたいと言って聞かないんだ。」
「おのれ無礼な。出合え出合え。」
「ほう、悪党も数集まると壮漢なものだなあ。おいみんな出番だぜ。」
そこへ丹下右膳と柳生十兵衛が現れ、さらに銭型平吉が加わった大チャンバラ劇が始まった。
こういう話しは正義の味方が勝つことになっている。敵方についた椿三十郎も眠狂四郎もいつの間にか姿を消し、由井正雪も田沼意次も切られた。
ようやく南町奉行所町方が田沼屋敷に近づいた時、一人の影が塀から外へ出ようとしたが、平次の投げる銭がその男の頭に命中した。
「いて。」と言うや塀から落ち、彼はお縄となってしまった。彼こそ自分で事件を解決してやろうと田沼屋敷に忍び込んでいた「遠山の金さん」その人であった。
あわれ金さん「北町奉行」と信じてもらえず大岡エッチ前によって牢屋に入れられてしまい、お裁きを受けた。
「無宿遊び人銀さんとやら面をあげよ。」
「その方先頃お取りつぶしになった田沼家に出入りし、卑猥なる遊興に興じておったさよう相違ないか。」
「おい大岡、いい加減にしてくれないか。」
「奉行を呼び捨てにするとは無礼千万。」
「わかった。わかった申し訳ございません。」
「たたけばほこりも出ようが、今回に限り罪を減じて百たたきを命じる。」
「何だと。」
「何だとは何だ。ひったてい。」
「大岡。憶えとれよー。」
「おまえさん。事件解決したんだって?」
「おう。これで花のお江戸はばんばんざいよ。」
「それじゃあこないだの続き、やろ。」
「お、おい。ちょっと待て。又誰か来やがった。」
「親分。」
「なんでい。丹下のだんな。どうしたい。」
「いや、実はこの間お孝を救出した時、あ、あれ以来お孝と恋仲になってのう。あれと所帯を持ちたいがその許可がほしい。」
「何んだと。そいつはめでてえ話しじゃねえか。おいおしず酒持って来な。今日は丹下の旦那と飲み明かすぜ。」
そこへ八に黒門町の伝助、早乙女悶怒までが集まってどんちゃん騒ぎとなった。
今夜江戸の町でめっぽう機嫌が悪い人間が二人いる。
それは、今夜も亭主にかまってもらえそうにないおしずと、何のために出演したのか解らない遠山銀四郎の二人だけだった。
完
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