キャンサー作品

影山さんの私生活

メイドさんパニック
 影山の『仕事』は直属のメイド衆には公認である。
 主がどんな事をしていて、状況によっては妻でも恋人でもない女性と戯れる時もある・・・それを全て承知した上で、彼女達は彼に仕えている。
 単に金銭的な関係ならば、その事実は納得のいったものだっただろう。だが、彼等の関係はそんなドライな物ではなく、家族の一員と言っても良いであろう、ほのぼのとした雰囲気と絆のような物が見え隠れしている。
 メイド達はそれぞれが、それぞれの想いで主を慕い、少なからず感情を表に出している。ただ、自分達の身分を気にしてか直接的な行為に出る者はいなかった。
 少なくてもメイド達の間では、皆が皆、主を慕っている事を知っている。それでいてこの様な関係を保っていられるのは実に恵まれた状況と言えるだろう。
 ただ、主たる影山の反応が明確でなく、主従以上、恋人未満と言った関係が続いている。今まで、誰が一番好きなのかと言う類の話題に関しては、影山の返答は一度も行われてはいない。誰かを選ぶとしたら?と言う例えですら、まともに返答した例が無いといわれ、それが彼の、メイド達に対する意思表示だろう・・・・と言う、水沢の評価がよく知られている。
 奴隷としての調教も施さず、『組織』にも厳密に言えば関わらせてはいない状態で、身の回りに仕えさせている。こうした状況は、事情を知らない幹部達には疑問でしかなかったが、影山は相手に情が入ると手を出しにくくなるタイプの人間なのであると言う噂を耳にすると、それで一応は納得する。
 だがそれは、完璧な情報でもない。
 メイド達は皆、特殊な経緯を経て影山に出会っている者ばかりであり、その出会いが影山の気を引く結果となり「選出」のきっかけとなる。つまりは、出会いの時点で情が生まれており、それが彼等の見えない絆になっていたのである。

・・・・・・・・・・が、その事実の全貌を知る者は、当事者しか存在していなかった。


 さて、話は本題に入り・・・・
 影山は微睡みの真っ只中にいた。
 昨晩就寝するのが遅く、時差睡眠となった彼にとって、現在時刻は真夜中になっていた。例え朝日がカーテンの隙間から入り込み、小鳥の鳴き声が耳を打ったとしても、それは夢の中なのである・・・・・と、彼は勝手に決めつけて布団に潜り込み、防御態勢を取った。彼の当面の敵がすぐ近くに来ているのである。
「おはようございます。旦那様」
 今朝の『敵』であるアリスが部屋にやって来た。優く包み込むような澄んだ声も、今現在の影山にとっては、睡眠を妨げに来た敵の声と見なされるのである。
「やぁ、お休みアリス」
 布団の中で半ば寝ぼけた状態の影山が言った。これは暗にまだ寝ていたいという意思表示の一環であった。
「起きて下さい。つい先日も惰眠を貪って、昼前まで寝てたって聞きましたわよ。折角朝食が準備されてるんですから・・・・・・」
 布団越しに主を揺り動かし、アリスは任務を全うしようと行動した。
「惰眠とは心外な・・・・消費した体力が回復しきってないから眠いんだ。あと少し眠らせてくれ〜」
「お時間にして、どの位ですか?」
「体内タイマーが自動的に起動するまで〜」
 つまりは影山の自主性に任せて欲しいと言う事である。
「そんな事してたら翌日になりますよ」
 それは誇張・・・と思いたかったが、実のところ実例があるため、完全に冗談で済ませられないのが現状であった。
「頼む・・・・こっちの世界(夢の中)では、今、死んだ爺さんと世間話をしている最中なんだよ」
 はっきり言って、思いっきり寝ぼけている状態である。
「しかたありませんわね」
 アリスは少し困った口調で言いつつも笑みを浮かべ、主の眠るベットに更に歩み寄った。

「お・き・て・・・・・あ・な・た」

 そんな囁きが影山の耳元で囁かれ、布団の中、正確には自分の背中に当人以外の体温を感じた時、彼を取り巻いていた睡魔は瞬時に吹き飛んでいた。
「おわぁぁぁぁぁぁ!」
 影山は悲鳴をあげ、今まで愚図っていたのが嘘かのような俊敏さでベットから飛び出した。
「おはようございます。旦那様」
 ベットの中に一人取り残されたアリスが、悪戯っぽく笑いながら言った。これで全裸かYシャツ1枚の格好であれば絵になるのだろうが、残念ながら今回はメイド服と言う、ベット上でシーツにくるまれるには違和感いっぱいの姿であった。
「・・・・アリス、頼むからそう言う起こし方は止めてくれって言ってるだろ」
 寝癖の残った頭を掻きながら影山は動揺を隠すように愚痴った。
「でしたら早く起きて下さいね。私の方も、服が皺になっちゃいますから」
 くすくす笑いながらアリスもベットから這い出す。彼女の言う通り、添い寝には全く適さないメイド服は、影山が見ても分かる皺が幾つか生じていた。
「だったらもっと別の方法で・・・・」
「あら、ああ言うシチュエーションはお嫌いですか?」
「いや、そ〜じゃなくて・・・・・」
 同じベットで眠る美女の声で起きると言うのは、男なら誰しも少なからず抱く夢の一つだろう。
 無論、影山とて例外ではない。だが、本人の心の準備も無しにされると、理性を抑えるのに苦労してしまい、不必要な疲労を得てしまうため、あまり歓迎はしていなかったのだ。
 彼はある意味、臆病と言える。
 本能と欲望に従って彼女達に手を出して、好ましく思う今の関係が崩れる事を嫌っているのである。
 実際、彼の『組織』の中には、自分の愛着を持つ者を調教し、上手くやっている幹部達が多々存在している。
 だが影山は、自分もその成功例に準ずる事が出来るかの自信を持っていなかった。手を出す事によって彼女達が本来持っている関係を壊してしまうかもしれない恐怖・・・・・それが、彼が直属メイド達を『組織』に関わらせない理由であったが、これは誰にも語られた事のない本音であった。
 だが彼は、そんな現状を悔やんでもいない。少なくとも本人が現状を楽しく感じている以上、決して不満になるはずがなかったのである。
「ともかく、ちゃんと起きるから、食堂で待っててくれ」
 やや名残惜しさを感じるものの、ここまで起きてしまっては仕方ないと、影山は今回の抵抗を諦めた。
「かしこまりました。お召し替えは手伝わなくても結構ですか?」
「いいから!」
 影山は半ば強引にアリスを部屋の外へ追いやった。ここで冗談でも『頼む』などと言うと、着せ替え人形並に遊ばれるのが目に見えていた。
「かなわないな・・・・」
 ふと一息ついて呟くと、影山は着替えを始めるのだった。


 影山が着替えを済まし、律儀に部屋の外で待っていたアリスと共に食堂に訪れたと時には、メンバーは全員揃っていた。
 メイドと共に食事をする主という光景は、その手の生活をしている者から見れば異様に見えた事だろう。だが、生まれつきこの様な、メイドを必要とする生活をしていなかった影山は、そう言った貴族的生活基準を無視して、直属メイドと執事達と共に食事を取る事にしていた。
 このメンバーが彼にとっての『家族』である証明でもあった。
「旦那様!遅いですよぉ〜!!」
 入室した直後、影山はシャディの叱責に迎えられた。彼女の最大の楽しみの一つである『食事』が、彼の到着が遅れたためにお預けとなっていたため、食事の出来なかった悲しさが現れたのである。
「ゴメンゴメン」
 苦笑して影山が席に着く。今日の朝食は、彼の出勤日では無いため、ゆとりのある食事が出来ると言う事で、普段よりもやや豪勢な品揃えになっており、シャディの非難の要因の一つにもなっていた。
「どうもお待たせしました」
 続いてアリスも席に着く。その時、執事が目ざとく彼女のメイド服が一部乱れている事に気づいた。
「アリス、服が皺になっておりますぞ。身だしなみはきちんとチェックした方がよろしいですぞ」
「あらぁ」
 アリスは指摘された部分を確認して、悪戯っぽく笑った。
「だって、旦那様のせいで、このままの格好でベットに入りましたから・・・・・」
(ガシャン!)
(ブッ!)
(ゲホゲホゲホッ)
 アリスの発言にスープを配っていたメイが皿を落とし、シャディが飲んでいた水を吹き出し、影山が思いっきり咳き込んだ。ミリアと執事だけは平然とした状態を保っていたが、ミリアに至っては事情がよく分かっていないと言う理由があっての事だった。
「待て待て待て待て待て!!誤解しか招きようがない説明をするんじゃない〜!『旦那様のせいで、このままの格好でベットに入った』じゃなくて、『旦那様がすぐに起きなかったから、茶目っ気をだして、このままの格好でベットに潜り込んだ』だろ!!」
「ん〜〜〜〜だいたい合ってるじゃないですか?」
 影山の主張を脳裏で反芻したアリスが悪戯っぽく笑う。顎に人差し指をあてての思考する姿は、彼女のちょっとした癖であったが、今回はわざとらしさが滲み出ていた。
「使用単語が合っているだけで、捉え方が大きく異なってるだろ!」
 誤解のまま通ってしまうと、シャディとメイの視線が痛いだけに、身に覚えのない事に関しては訂正しておく必要のあった影山だった。
「う〜ん・・・・日本語って難しいですね」
「既に近所の茶屋の常連客になって、『いつもの・・・』で買い物が成立しているアリスが何を言ってるかな!?」
 すっとぼけるアリスに、影山は真顔で抗議したが、アリスは彼の覇気を軽く受け流すのであった。 

 ・・・・・・・・この様に、話題に関しては多少の差異は生じるものの、彼等の食事は常に賑やかに行われるのである。

「ごちそーさまでしたぁ!」
 パンと両手を合わせ、シャディが幸せそうに言った。
 当番であるメイが食器を下げ、他のメイドも各々の仕事分担があったが、朝食直後という時間帯は、当番以外は比較的時間の余裕があった。
 シャディは早々に食堂を出て、この時間帯でお気に入りのTV番組・・・・と、言うより、番組の一企画『近所の一押し店』を見るべく、リビングへ向かった。
 この企画は、TV局が地域の有名・話題店を紹介する物で、主に飲食店が多く紹介されるため、彼女の関心を引いていたのである。
 リビングに着いたシャディは、毎週楽しみにしている番組を見る子供の様に、含み笑いを浮かべてTVのスイッチを入れて、正面のソファに正座した。
 映し出されたTVでは、丁度進行役が店名を紹介して、その中に入っていくところであったが、しばらく見ていて、その風景に見覚えがあるのに彼女は気づいた。
「あれ?この店知ってる〜四丁目の『ジェラード・ベルベット』じゃない。な〜んだ・・・私の知ってるお店はパスして欲しいな〜・・・・・・がっくし・・・・」
 本日は新たな情報が入手できず肩を落としたシャディは、この時になってようやく、リビングに自分以外の人間がいる事に気づいた。
 彼女のソファの前にあるテーブルを囲むように配置されている三人用ソファの一つに、主の影山が身体を横たえて眠っていたのである。
 少なくても食事の後、直行したシャディの方が先にここに着いたのは確かであった。つまりは、彼女が番組に夢中になっている間に訪れて、寝てしまったという訳である。
「朝起きたばかりでもう寝ちゃってる〜」
 それにしても何で自室で寝ないのか?と思いつつも、彼女はこの状況がちょっとしたチャンスである事を悟った。
 シャディはキョロキョロと室内を見回し、誰もいない事を確認すると、にへらと悪戯っぽい笑みを浮かべつつ頬を染めると、目を閉じてゆっくりと自分の唇を無防備な主のそれに重ねようと移動させた。
 だが、慣れない行為故、薄目を開けて軌道修正しようとしたとき、その視界に不思議そうな表情をしたミリアが入った。
「!!!!!!ッ!?」
 思わぬ乱入者に思わず退くシャディ。
「シャディ、何してるんですか?」
 ミリアはキョトンとした顔で問うた。
「い、いやっ、な、なに、だ、旦那様のお熱はどうかなと・・・・・」
 顔を真っ赤にして慌てふためき、作り笑いをするシャディ。
「え、旦那様、ご病気なんですか?」
 そんな作り話を真に受けたミリアは、自分も確認を取ろうと、影山に近づいた。
「そ、そうじゃないけど、ほ、ほら、今日は一段とお休みになっているから、体調がわるいのかなぁ〜って・・・・・」
「あ、それじゃぁ、私が看護します」
 とにかく影山の周りで何かをしたがるミリアは、これ幸いにと横たわる主の傍らに移動した。
「ちょっ・・・駄目よ。そう言うのは慣れた人がやらないと。あなたはまだ半人前の子供なんだから」
「あ〜!そう言うシャディだってまだ未成年じゃないですか〜」
「それでも経験の差が違うのよ」
「よく仕事さぼって、メイさんに押しつけてるくせに〜〜」
「とにかくここは私が・・・」
「いいえ、私が・・・」
 シャディの誤魔化しから始まったネタがいつの間にか二人の間で事実となり、口論へと発展し、その主導権をめぐる言い合いが始まった。
 双方の主張は平行線となり、やがて先に主に触れた方が勝者となるルールが勝手に成り立ち、二人はバタバタと揉み合いを始める。
 しばらくの間、一進一退が続いたものの、やはり平均的女学生の体格を持つシャディと、幼女サイズに作られたミリアでは、体格の面でシャディに軍配があがり、彼女はミリアを退けて、『看護』を待つ主へとダイビングした。
 が、既に主は当初の位置にはおらず、シャディは無人のソファに飛び込む事となる。
「だ、旦那様?旦那様は何処?」
 自爆のダメージもよそに、起きあがったシャディはキョロキョロと周囲を見回したが、やはり主の姿は部屋から消えていた。
「今のはまさか・・・旦那様のドッペルゲンガー・・・・・」
「何言ってるのよ」
 実のところ、本人は半分以上本気だった発言に、メイの冷ややかな突っ込みが入った。
シャディが視線を巡らすと、洗濯かごを持ったメイが部屋の出入口の外に立っていた。
「あ、メイ、今ここにいた旦那様が消えちゃったの!」
「だから、今、出て行かれたわよ。騒がしいから上のバルコニーに上がるって」
「あう・・・・・」
 ミリアとの小競り合いで気づかず、チャンスを逸脱したのを知り、がっくりと肩を落とすシャディ。
「シャディもミリアも、そうして遊んでいる暇があったら手伝ってほしいわ」
「手伝ってって、メイは何をしてるのよ」
「今し方、旦那様に頼まれて飲み物を持っていくところよ」
「あ、じゃぁ、それ私がやるっ!」
「駄目です」
 飛び込むような勢いでメイの持つトレイを奪おうとしたシャディだったが、目標物がスッと上に上がり、目標を失った彼女は向かいの壁に激突した。
「あたっ・・・あたたたた・・・・」
 しこたま打ち付けた顔を押さえてシャディが唸る。
「そんなんだから旦那様が逃げたんじゃない。もう少し大人しくしたらどうなの」
「う〜・・・愛って耐える事なのね・・・」
「愛が無くても、自制しなさい!」
 いつもと違い、たしなめるような口調でメイは言い切る。同期のメイドとしてその個性を認めてはいたが、そのバイタリティが主の迷惑になっていてはそれを見過ごせる彼女ではなかった。
「ふ〜ん!メイの真面目っ娘!」
 悪戯っぽく言うと、シャディはメイの腰を叩き、逃げるように去って行った。メイは危うくバランスを崩しかけたが、辛うじて持ち直し、ほっと一息つく。
 同期の悪戯に文句の一つも言いたかったメイであったが、その時既に相手の姿は消えていた。
「もうっ!」
 あの悪い癖は直らない。何度目か分からなくなった思いを、ため息混じりに吐き出すメイだった。

 バルコニーの椅子にもたれかかっていた影山は、うとうとしながら適当にあった本を眺めていた。その内容の殆どは頭に入っていない。
睡魔との不利な戦いにその意志が集中し、内容を把握できず何度も同じページを目線で追っていたのである。
「旦那様、お飲物です」
 そんな声と共にメイがバルコニーに入室し、それを影山は心の中で歓迎した。この状況の変化により、現時点での睡魔は紛らわす事が出来るからである。
「ありがと。こっちに持ってきてくれ」
 自分で動けば、更に眠気は遠のくのだが、さすがにそこまで思考しなかった影山は、メイを自分の横たわっている椅子に呼び寄せた。
「はい。失礼します」
 メイは特に個性を際立たせることなく一礼すると、影山の元に歩み寄り、近くにあった小さな丸テーブルに依頼された飲み物の入ったグラスを置いた。
「他に御入り用はありませんか?」
「当面無い・・・・そうだな、また2時間後ぐらいにもう一杯頼むよ」
「かしこまりました」
 そう言ってメイは一礼し、バルコニーから退出する。
 影山は届けられた飲み物を口に含み、何気にメイの後ろ姿を見送った。と、その矢先、目に入った物を見て、影山は大きく咳き込んだ。
「ぶっ!!!!」
 不意を突かれたため、まともに気管に入ったのか、彼の咽せ方は激しい物だった。
「だ、旦那様?大丈夫ですか?」
 急な主の変調に、メイが慌てて駆け寄る。
「いや・・・メイ、後ろ・・・スカート・・・」
 影山は咳を続け、少々戸惑って言葉を口にした。
「?」
 状況が分からないメイは、とりあえず手を後ろに回して主の言葉の意味を模索した。その答えはすぐに判明した。
 メイド服のスカートの後ろ部分が捲り上げられ、着用していたエプロンのヒモに差し込まれていたのである。つまりメイは、いつの間にか白いパンティに包まれた自分の尻を露出しながら歩き回り、その格好を影山に目撃されたのである。
「あ・・・あ・・・・」
 見る間に真っ赤になるメイ。
 スカートの後ろを強引に引っ張り、もとの状態へと戻したが、今まで露出していたという事実を覆せることは出来ない。
 何を行って良いか分からないメイが、羞恥に頬を染めて影山を見る。
「見ましたか?」
 などと問う必要はなかった。主のその表情が全てを物語っていた。
「あ、あの・・・・」
「み、身だしなみには気をつけて・・・」
「は、はい」
 あまり気の利いた言葉でもなかったが、それしか言いようのなかった影山に、メイはそれこそ取り乱したまま一礼すると、もう顔を合わせられないと言った勢いでバルコニーから出ていった。
 メイは取り乱していた。見られた。旦那様に。下着を。はしたない格好で。いつの間に。恥ずかしい。混乱のまっただ中で自問し続ける彼女は、でもどうして?と言う自問に達した時、事情を悟った。
「シャディ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
 メイの絶叫は的確に原因を指していた。その絶叫は館のほぼ全域に達したという。

 メイの咆吼とも言える絶叫を耳にしたシャディは悪戯っぽく舌を出していた。
「あちゃ、もうばれた・・・・」
 先程メイと合った際、腰を叩いたシャディは、そのどさくさにメイのスカートを捲り上げてその状態を維持させた。
 本人にとっては些細な悪戯だったのだが、実施する相手を考えるべきだという事を彼女は知らなかった。
「シャディ!」
 メイがどんな取り乱し方をしただろう?そんな事を考えて悪戯者特有の笑みを浮かべたシャディの背に、突き刺すようなメイの声が放たれた。
「貴女、悪戯にも程があるわよ!」
 普段の穏和なメイとは思えぬ鋭い声に、シャディは思わず肩を竦めた。
「ちょっとしたジョークじゃない、ほら、旦那様にも受けるかな〜って・・・」
 シャディには場を紛らわせようとした台詞ではあったが、それは物の見事に彼女の神経を逆撫でした。
「馬鹿ぁ〜!」
 メイの悲鳴に似た絶叫。そしてシャディの背に感じる圧迫感が増大した。
「く、くるか『包丁乱舞』・・・あの時はキレたメイに驚いたけど、今回は対抗手段はあるわよ。『ステンレス・シールド』!!」
 シャディは既に事態を予測して所持していたステンレスのトレイを掲げて振り向いた。これは過去、彼女の悪戯に錯乱したメイが包丁二刀流で暴れたと言う事実に基づいての対処であった。
 いくら何でもこれは切れまい。
 そう言った自身に基づいたシャディの笑みも、振り向いてメイの姿を確認した時には、瞬時にして凍りつく事となる。
 硬直したシャディの眼前をメイの獲物が通過し、彼女の所持していたトレイを叩き落とした。
「シャディ・・・・今日という今日は許さないわよ・・・・」
 怪しい目をしたメイがシャディを見すえ、獲物を振りかぶる。
「・・・・・・う、うひゃはぉぅっ!」
 硬直していたシャディが恐怖によって我に返り、奇声をあげて身体を引いた。

 ガスッ!

 その刹那、メイの手にしていた斧が振り下ろされ、今し方シャディがいたポイントの床に食い込む。そう、彼女は消火栓に常備されている破砕斧を持ち出してきたのである。流石にこの攻撃の前には、トレイの盾など役にはたたないだろう。
「・・・・・・・・・・」
 メイの一撃は容赦なかった。
 斧は迷い無く振り下ろされており、シャディのメイド服の一部、胸元を縦に切っていた。「ひ・・・うひゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「待ちなさいっ!!!!!」
 かくして逃げるシャディに追うメイと言う構図が出来上がった。女の子同士の追っかけ合いと、文字で書けば可愛げもあったが、斧を振り回しての追っかけでは、微笑ましさより緊張感の方が先立つばかりである。
 その様相はまさにトムとジェリーを彷彿させていた。
 そう例えると、またも微笑ましさがのぞくものの、追われている当のシャディにしてみれば、殺意全開の相手に斧を振り上げられては、たまった物ではないだろう。
 追いつかれれば即、死が訪れる事も冗談とは言えないのである。

「うひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
 シャディは闇雲に逃げ回った。幸いにシャディとメイでは、シャディの方が運動能力が若干高く、また、メイは斧と言うウェイトがあったため、追いかけっこの間合いは徐々に開きつつあった。
 何より、逃亡側には命がかかっているという点で必死にならざるを得ない状況があり、それが火事場の馬鹿力的な効果を発揮していたのである。
 ある程度距離が開くと、パニック状態であった思考にも余裕ができ、シャディは無意味な長期戦を避けるべく、潜伏作戦に移る判断をとった。
 この時彼女が逃げ場所に選んだのは地下室であった。
 無論・・・・と言うべきか、影山の屋敷は、その外観から予想される様に地下室が存在する。これも外観から用途を想像するならば、大抵が物置、あるいは食材庫、もしくはワイン保管庫を想像する事だろう。
 しかし、彼の所属する『組織』の事を考慮すれば、所謂『地下室』は、『その手』の設備の設置場所である事が定番であり、ここもその例に倣っている。もちろん一般人に対するカモフラージュとして、食材庫として利用されているダミー地下室もあったが、やはり『組織』絡みの設備がある方の地下室の方が規模は大きかった。
 とは言え、『組織』の共用施設ではなく、個人所有であるそこは意外に利用頻度が少ない状況にあった。
 それを考慮し、シャディは地下室に逃げ込んだのであった。

 ジメジメとした石段をシャディは降りていた。地下室と言えば定番の環境であるが、ここの場合、影山が意識してこのような環境にしているという事実がある。
 『組織』の活動用の設備なので、気分を出すための演出だそうだが、知らない者が入ればさぞかし気分が出たであろう事は疑いない。
「まったくもう・・・・メイったらあのくらいの悪戯であそこまで怒らなくても良いじゃない・・・・」
 シャディは自分の行為は棚上げにして、同僚の錯乱に対する愚痴を呟いた。
 これは個人の価値観の相違からなる現象であった。
 同様の行為をシャディが受けても、彼女であればあそこまで取り乱さず、恥ずかしがらないと言う事である。メイ・シャディ・アリス・ミリア、全員が同じ状況下での反応が異なるからこそ影山は彼女達を選んでいるのである。
 そんな、彼女の愚痴も長くは続かなかった。彼女の進行方向に意味ありげな扉が幾つか列んでいるのを確認したためである。
 そう、各種くすぐりマシンの設置されている、所謂、拷問部屋である。
 無論、シャディもその存在は知っている上に、定期的な清掃で中に入った事もあるため、当惑する事は無い。
 シャディは隠れるため、適当な部屋の中に入り込み扉を閉めた。
「はふぅ〜〜これで一安心・・・」
 シャディは大きく息を吐き、手近なところにあった簡易椅子に座り込んだ。
「これでほとぼりが冷めるまで待つしかないか・・・・お夕食頃には機嫌直ってるわよね・・・きっと・・・」
 これは希望的な面が多分に含まれている。
 ともあれ、待つことしか出来ないシャディは暇をもてあます事になり、出来うる唯一の事と言えば、自分の入り込んだ部屋を見回すだけだった。
「ここって、オーソドックスなベット型の部屋なのね・・・・」
 シャディは部屋の中央に設けられている無機質な台座を眺めて呟いた。ダブルベットよりも若干広い面積を持つそれは、対象が大の字、X字、Tの字等、あらゆる姿勢が可能なように考慮された結果によるものだった。
この一見何の変哲もない台座の中には、幾つものくすぐり用マジックハンドが収納されており、台座に拘束された哀れな人物を無慈悲にくすぐるようになっている。
 部屋の周囲には、その様子をモニターする為の機材や、オプションの保管ラックがある他、手動コントロール用のコンソールが設けられていた。
 メイド衆には掃除当番があるため、ここに入る事自体は初めてではなかったシャディではあったが、普段は黙々と仕事を終わらせる事に集中していたため(実施時間帯が昼食前と言う事もあり、彼女の場合は特に早く仕事を終わらせようと言う傾向があった)、じっくりと中を眺める事はあまりなかった。
「ここで旦那様も色々な相手をくすぐってるのね・・・・・」
 台座を眺めるシャディはふと、ここに自分が拘束されてくすぐられる状況を想像した。
 コルセットと大差ない上着に超ミニのスカートというマニアックな特殊メイド服に身を包んだ自分がX字に台座に固定され、幾つものマジックハンドによる全身くすぐりの洗礼を受ける。
 そのたまらない刺激に身悶えする自分を、主の影山が嬲るように見下ろす。
 やがて、自分が限界に近づいたとき、影山の手が直接襲いかかり、味わったことのない快感とくすぐったさの中で絶頂に達し、そして気絶する・・・・・・
「・・・・・うふ・・うひひひひひひひ・・・・・」
 妄想の中に浸るシャディは、端から見ると薄気味悪く感じる笑みを浮かべていた。
「そうよね〜旦那様も、失敗とかミスの罰を口実に私をくすぐってくれても良いのに・・・・」
 シャディはほぅ、とため息をつき、視線を周囲に泳がせた。いつか何かのきっかけでここを自分が使用するときが来るのか?
 そう考えていたとき、彼女の視界にふと、ひっかかった物があった。
「これって・・・・」
 シャディの目に止まった物。それはこの部屋のコンソールボードの端のスペースに開けられた四角い穴にはめ込まれた、TVのリモコンにも似た機械だった。
 彼女は、はめ込まれていたそれを取ってみた。それはコンソールに固定されておらず、裏面の磁石により脱着可能となっていたのである。
「多分・・・・アレよね」
 コンソールシステムの一部であり、取り外し可能。しかもこのサイズ。
 シャディはそれの正体・用途に関し、思い当たる事があった。
「・・・・ポチッとな」
 言ってスイッチを押してみるシャディ。すると、台座が僅かに機械振動音を放ち、そこに隠されていたくすぐりハンドを出現させた。
 くすぐりハンドは機械とは思えぬ滑らかさで指を蠢かしていたが、肝心の対象が存在しないため、そのアームは虚しくくねり続けるだけだった。
「やっぱり!」
 再びスイッチを押し、マシンを停止させたシャディは、自分の考えが正しかったことを実感した。そう、これはくすぐりマシンの端末操作リモコンだったのである。
 彼女はリモコンの表記を見て、だいたいの操作はこれでも行える事を知り、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
 それは好奇心のなせる技であり。一人では出来ないと思っていた事が出来ると分かった為に、自然と浮かび上がった笑みだった。
 実体験。
 シャディが考えたのはそれだった。今まで影山のお供で『現場』を何度か目撃している彼女は、くすぐられた女性の大半が絶頂し、気絶していく姿を見て少なからず好奇心を抱いていたのである。
 彼女も若い少女であり、性的快楽に対する興味も十分にあった。そんな彼女がこのような状況に遭遇すれば、興味がわいて当然と言えるだろう。
「え・・えと・・・えと・・・」
 彼女は早速、表記を確認し、ドキドキしながらリモコンに必要な機能があるかを確認した。そしてそれが有ると判明すると、今度は操作方法のチェックを始めるのだった。

 それから十数分、試しにスイッチを押したりしながら機能チェックを行ったシャディは、リモコンのだいたいの操作方法を憶えた。
「よ、よし。これでいいわね」
 頭の中で再確認を終わらせた彼女は意を決して台座を見やった。
 シャディは無人で使用者を待つ台座に、靴を脱いで自ら上がると、リモコンにあるスイッチの一つを押した。
 カシャ
 その操作に従い、台座に枷がせり上がり、相手が来るのを待ちかまえるかのように左右に開いた。
 シャディは更にリモコンを操作して、枷の位置を微調整すると、必要な項目をリモコン入力していった。
「これで・・・・・よし」
 リモコン操作が一通り終わったシャディは、チラリと台座の枷を見やり、足元の枷に自分足首を重ねた。
 その途端、枷のセンサーが働き左右に開いていたそれが閉じ、彼女の両足首を固定する。その状況に彼女の動揺はなかった。もともとそのように設定したのである。驚けるはずがなかった。
 シャディは軽く足を動かして枷の強度を確認すると、今度は台座に寝そべり、リモコンを右手にもった状態で腕をゆっくりと左右に広げた。
 そこにも枷が開いた状態で待っており、彼女の腕が台座に接触した瞬間、足の時同様に枷が閉じ、彼女の両腕を固定して大の字状態の拘束を完成させた。
 シャディはドキドキと自分の鼓動を自覚しながら時を待った。先だってのリモコン操作により、『オートロック並びにロック後のオートスタート』を設定されていたマシーンは、シャディと言う対象を確認して、指示どおり起動を開始した。
「うう・・いよいよ」
 自分の背に機械の微かな振動を感じた時、彼女の緊張も最高潮となったが、次の瞬間には全く異なる感覚に全身を貫かれ、その身体は大きく跳ねた。
「はくぅっ・・・・うっ・・うひ・・・うくくっくくくく・・・・」
 台座から飛び出したマジックハンドは、餌に群がるハトのように全てがシャディの身体にとりつき、その小さな『手』をワシャワシャと動かし、彼女をくすぐった。
 初心者だからと言う事で、レベル調整を2(『弱』範囲 ※最大レベル10まで)にしていたものの、若く多感の年頃のシャディにとっては、それでも強力な刺激となっていた。
「くひゃ・・・・・あはっ・・あひっ!・・・・くふ、くふふふふっっくくくくくく・・・・!」
 くすぐりハンドは各々の定められた範囲を定期的に移動する動きをして、彼女のほぼ全身をまさぐっていた。全体的に感じるくすぐったさこそ、まだ微々たる物であったが幾つかのマジックハンドが彼女の弱点である胸の付け根周りや臍周りのやや下部分などを刺激すると、その身体は意志に関係なくビクンと跳ねた。
「あっ・・・・あひっ・・・うひっ・・・くぅぅぅぅぅ・・・・」
 シャディは懸命に堪えていたが、弱点を刺激されての反応まではどうしても抑える事が出来なかった。
 機械により定期的に送り込まれるくすぐったさは瞬間的な物だったが、その感覚は徐々に残留しつつあり、更に全身の感覚も敏感になりつつあった。
「うっ・・・うっ・・・うひゃはははは・・・・うくっ・・・け、結構、強烈・・・うひぃっ!」
 ピクンピクンと身体を跳ねさせ、クネクネと身体を身悶えさせながらシャディは初めてのマシンによるくすぐりを堪能した。服越しと言う点と、マシンの設定と調整が低くされていた事もあり、彼女にはまだ感想を述べるゆとりが存在した。
 それに幸いな(?)事に今回は、彼女が自身で自身を責める、いわば自慰的状況であるため、彼女は自分のペースを持つ事ができた。延々とペースを維持するくすぐりマシンに耐えきれなくなった場合、自らの意志で止められると言う、くすぐりマシンにくすぐられている人物と言う立場の者としては異例の機会が彼女にはあった。
「あっ・・・あぁっ・・・・・ちょ、ちょっと、うぅんっく・・限界・・・」
 身体の中を駆けめぐるむずくすぐったさがそろそろ限界と感じたシャディは、右手に持っていたリモコンのスイッチを押した。
「・・・はひっ・・・ふくっ・・・へぇ?へぇぇ?」
 シャディは一瞬困惑した。リモコンを押したにも関わらずその身を襲う、くすぐりハンドの動きに変化がなかったのである。
 シャディは慌てて何度かリモコンのスイッチを押し、首を傾けて自分の右手を見やった。
 故障というオチではない。リモコンの方向に問題があったのである。テレビのリモコンでもよくある、『リモコンはテレビの方向に向けて』現象で、シャディの右手は、マシンコンソールとは反対方向に向いていたのである。
「あひっ・・・あはっ・・・・・そ、そうか・・・」
 シャディも原因を悟り、手首を出来るだけ傾けて再度リモコンを操作した。流石にテレビのリモコン以上の性能があったため、その程度の方向補正で十分信号は届き、マシンは指示どおりの起動を行った。
「あっ!?あひゃっっはははははははははははははははは!!あ〜〜〜っっはははははははあはあははははあっははあはははは!!な、なんで、あひっはははははははははははははははは!!」
 突如シャディは大笑いし、激しく身体を暴れさせ自由を求めたが、拘束具はびくともせず、その抵抗を抑えた。そして自由の得られない彼女の身体に、くすぐりハンドが先程よりも激しい動きで襲いかかっていた。
 手首を一杯まで傾けて操作した際に、指の位置がずれ操作を誤ったのが原因だった。これにより起動レベルが5(中ランク)になり、判断能力のないマシンは、疑う事なく本格的に彼女を責めだしたのである。
 マジックハンド一本一本の行動範囲は広がり、その動きは不規則化して予想のつかないタイミングでシャディの弱点を刺激した。同時に単純にくすぐるだけだった指の動きにも変化が現れ、ポイントによっては揉み・突っつき・バイブレーションなども使用し始める。
 更には彼女の反応をもとに、重点的に責めるポイントも学習しだし、シャディ自身も自覚のなっかった弱点を発見しては責めだした。
「あきゃっ!あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!ひゃっはははははあはははははははははははははははは!!」
 今までとは比較にならない刺激を受け、シャディは激しく身を捩り、そのくすぐったさから逃れたいと望んだ。
 当初望んでいたはずのくすぐり拷問を本格的に受け出した彼女であったが、その感想を述べるゆとりはなかった。とにかく現状脱出ばかりが脳裏に走り、身体が先走りするように激しく暴れつづけていたが、それをさせないために拘束具は存在し、哀れな対象を台座に縛り続けた。
「あきゃはははははははははははははは!はっ、ははははははははは!はやく、止め、ひひゃっははははははは!止めないと〜〜おっ、おっ、おほほぁっははははは!!」
 シャディは必死に右手のリモコンを操作しようと試みた。
 しかし、強烈に送り続けられるくすぐったさの中でリモコン操作は行うのは至難の業であり、慌てた状態で操作されるリモコン操作では、けっして動きを停止させる事は出来なかった。
「きゃはははははははっはははあっはあはははははは、あっ、あははははははははははっははは!止まって止まって止まって〜っっはははははは!」
 そして、彼女にとっての悪夢はこの直後に起きた。
 くすぐりから逃げたい一心からなる慌てたリモコン操作。それに伴うくすぐりハンドの動きの変化。それが見事にシャディのツボを直撃し、彼女の身体が感電したかのように跳ね、その瞬間、彼女の手からリモコンが滑り落ちてしまったのである。
「あっ!!!」
 瞬間的に生じた激しいくすぐったさに、注意していたにも関わらず反射的に手が開いてしまったのである。
 更に、蠢くくすぐりハンドのアーム部分が、落下したリモコンを弾いてしまい、リモコンはカラカラと音を立てて台座の下の床へと落ちていった。
 これでシャディは、過去にこの台座に磔にされた人物達と同じ状況に立つ事になる。すなわち、自分の意志による停止が出来ないと言う事である。
 そして、異なる点は、彼女を責める人物が存在しないことである。シャディのくすぐり責めは自らの自慰的行為で始まったため、本来このマシーンを使用すべき『責め手』がこの場にいないのである。つまりは、彼女は延々と、本当に終わらないくすぐりを受ける事になったのである。
「あへははははははははははははは!あっははははははははあははははははは!しょ、しょんな〜っっっははははははははは!!」
 開放の手段を失ったシャディは、終わらぬ地獄に直面した事を悟り絶望を感じた。そうなると儚い精神的な抵抗も一気に崩れる。それは、限界まで耐えていたダムの決壊にも例えられるかもしれない。
 シャディの身体は、抑える事の出来なくなった、断続的に続くくすぐったさにのたうち回った。

 事情など考えず、ただプログラム通りに活動するくすぐりハンドは容赦なくシャディの若々しい身体を責め続けた。弱点を探り、判明したポイントを様々な方法で責めては、一番効果的なパターンを構成していく。
「いやっっはははははははは!!ひはははは!あ〜っはははははっははははははは!」
 身体に刺激が加えられる度に、シャディの身体は小刻みに、あるいは大きく跳ねて反応し、耐え難いくすぐったさは、その口から止めようもなく笑い声を起こさせる。
 無駄だと分かって激しく身体を捩っても、くすぐりハンドはそれを追いかけ、決して定位置に止まる事がなかった。
「くははははははははっ!く、くるっ、くひひひひひひ、狂っちゃう、くるっちゃ、、ぁぁっあっああ〜〜〜〜っっははははっははははははっっははあははあははははは!誰か、誰か〜〜〜!!!!」
 今、彼女を責めているくすぐりマシンは、オートによる手加減機構がなく、設定もその点に関しては無設定であったため、このまま続けば本当に彼女は狂うか、悶え死にするかするのは間違いなかった。
 シャディは僅かな可能性を求めて叫び続けたが、地下室でもあり、くすぐり責めを想定して作られた部屋である。防音設備は完璧に整備されており、彼女の悲痛な声が外部に届く事はなかった。

 それから幾らかの時間経過した。
 その間、無慈悲にも一瞬の休みも与えられずくすぐり続けられていたシャディは、くすぐったさに打ちのめされて朦朧とした意識の中で、誰かが室内に入ってきたのを感じ取った。
「シャディ・・・なにしてるの?」
 偶然なる訪問者。シャディのとっては救世主となるはずの存在であるメイは、探していた相手の痴態を見て思わず呆けた。
「メイ、メヘェイィ〜!た、たす、たすけひゃははははははあはははははははははは!!」
 くすぐったさに身体を妖しく振り乱しながらもシャディは助けを求めた。今の彼女には、相手が追っ手である事など関係なかった。とにかく現状からの脱出こそが急務なのである。
「ど、どうやって止めるの?」
「きひひひひひひひひ!だ、台座のぉ、あっははあははははははははは、台座の下にリモコン〜〜〜ひゃは、あは、あひゃはあはははははははははは」
「リモコン?」
 言われてメイはゆっくりと台座の周りを歩き、シャディの右手側に落ちていたリモコンを見つけ、それを拾い上げた。
「はやっ、はや、はひゃははははは、はやくぅ〜」
 シャディは身体を激しく捩って懇願する。その様相はどこか淫らで、その言葉と相成ってHな雰囲気を見せていた。もし、この場に来たのがメイでなく男性であったら、その殆どが理性を試されたに違いない。
 メイはリモコンを見て、『停止』と表記されたボタンを迷わず押した。
 信号を受信したくすぐりマシンは、不満を述べることなく若く豊満な肉体への責めを一斉に停止した。
 ようやくにして開放されたシャディは、ようやく落ち着いて呼吸する事が適い、何度か咳き込み喘ぎながら大きな呼吸を続けた。
「あ、ありがと、メイ」
 これは彼女の本心だった。
「一体、何やってるのよ?」
 メイはリモコンを物珍しそうに眺めながら問うた。
「それがその・・・些細な好奇心の結果ってやつで・・・・」
 シャディは整わない呼吸のままで苦笑した。
「ほんと、死んじゃうかと思ったわ」
 先程までのくすぐり責めを思い起こすだけでシャディは身体にムズムズとした感覚を感じるのを実感した。
「あんな事されれば、大抵の人は墜ちちゃうわね・・ほんと・・」
「ふ〜ん・・・」
 シャディの感想にメイはあまり関心を見せなかった。
「それで・・・・悪いんだけど、この拘束も解いてもらえないか・・・・・はゃぁぁぁぁぁぁ!!」
 大の字となっている状態に照れを感じながらシャディは言ったが、その言葉はいきなり生じた彼女の奇声に掻き消された。不意に彼女の身体を例の感覚が貫いたのである。
「ちょ、ちょほほほほほほほほほ、な、何、何で、あははははははははははは!!!」
 シャディは自分の身体に再びくすぐりハンドがまとわりつき始めているのを見て、驚いた表情になると共に、その身を仰け反らせた。
「シャディ、さっきの仕返し、これでするわ」
 リモコンを手にしたメイが、悶えるシャディを見すえて言った。
「あは、あははははははは!う、うそ、うそぉ!?」
「ほんと」
 メイは真顔で答える。影山の前で下着をさらけ出していたというシャディの悪戯が、余程頭にきたのだろう。
「はぁ〜っっはははははははは!何これぇ〜、さ、さっきと動きが違うぅ〜ああっははははははは!」
 シャディが妖しく身をくねらせて言った。
 彼女が指摘する通り、くすぐりハンドの動きは確かに異なり、その『手』は虫が這うように身体の各所を蠢いていた。
 くすぐったさは先程より軽く感じられたが、くすぐりハンドはメイド服の隙間から中へ入り込もうとする動きを見せていたのである。
 シャディは必死に身を振り乱して、くすぐりハンドの侵入を拒んだものの、その場から逃げられない状況と、数の差、何より手でガードできないため、徐々にその侵入を許すことになる。
「きゃぁっははははははははははは!そ、そこ、ふひゃっはははあははははははははは!あ・・あ・・あははははははははは!」
 袖・襟からの侵入はもとより、メイによって切り裂かれた胸元の切れ目からもくすぐりハンドは侵入を始め、その中の、メイド衆一の豊満な胸をブラ越しに撫でるようにくすぐられると、シャディの反応はより艶やかなものとなった。
「はぁん、はひっ・・・ひゃはぁははははははぁぁん、ちょっ・・・だめぇ、はぁっははははははは!!」
 無論、下半身などの侵入は最も容易な者であり、下部から侵入したくすぐりハンドは容易く彼女の太股・足の付け根に到達して、的確にくすぐったく感じるポイントを撫で上げる。
「きひひひっひっひひひっひひひ!ひゃひひっひひひひ!あ〜っひゃっっはあははははははあははははははは!」
 シャディは膝をばたつかせ、腰を出来るだけくねらせて喘いだが、まとわりつくくすぐりハンドを剥がす事は出来なかった。ただ無遠慮に暴れた事により、スカートが捲れ上がり下着が丸見えになる事態を引き起こすだけだった。
「それじゃ、この状態で1時間後に止めに来てあげる」
 メイは、シャディの状態を満足そうに見て言った。
「はぁっ、はぁっ、はぁっはははははははは!そ、そんなに耐えられないわよ〜!死んじゃう死んじゃうきゃははっはははははははは!」
「大丈夫。手加減モードを今設定したから、死ぬことも気が変になる事もなく、たっぷりと苦しめるから」
 操作の終わったリモコンを、シャディの頭のすぐ脇に置いて、メイは立ち去ろうとする。もちろん、現状の彼女には絶対に取る事の出来ない場所である。
「そんな、そんな・・メイ御免、謝るから!ほ、ホントに謝るからぁ〜やはっははっはあっははっははっははははははあははははははは!」
「・・・・・それじゃ、30分」
 シャディは身をビクビク反応させながら懇願するが、メイの完全な慈悲は得られなかった。
 メイは復習を遂げ、その悲鳴を背に受けて、拷問部屋を出ていった。
「あはっ、やはっ、くひっ、くひゃっははははははははははははははは!!」
 残されたシャディはただただ笑い悶えるしかなかった。メイが言ったとおり、くすぐりハンドの責めは手加減が入り、彼女を殺したり狂わせようとする域までには達しなかった。
 とは言え、その行動自体には容赦がなく、彼女が限界に近づいた時のみ、その動きが緩和され、回復した頃に、その動きを活発化させては、若い女体を執拗に嬲っていた。
 その上、服の中に潜り込んだくすぐりハンドは、くすぐりの際、時折、彼女の性感帯を通過し、その度に彼女はくすぐったさとは異なる刺激に、甘い吐息を笑いの中に含ませていた。これは設定されての事ではなく、無数のくすぐりハンドの動きによって生じる偶然的現象であった。
 しかしながら、その刺激は若い十代には痛烈であり、一種、麻薬的な快感に近い物でもあった。快楽は味わってみたい。だが、その際に生じるくすぐったさには耐えようがなく笑い悶えてしまう。

 そんな刺激に翻弄される事、およそ十分。シャディにとっての二人目の救済者が訪れた。
「あら、シャディ・・・・」
 唐突に聞こえた声に、シャディは視線を傾けた。
 唯一の出入口となっていたそこには、アリスがキョトンとした表情で立っていた。ここの掃除当番のため降りて来たため、その出で立ちはいつものメイド服の上に割烹着という、彼女独特の格好であった。
「アリ、あっあっあっ・・あ、アリス〜たす・・・・・くひひゃはっはぁっぁぁぁん、はぁっはっははははははは」
 よもや誰も来ないと思っていた状況に、アリスが訪れシャディは光明を見いだした気持ちになったが、助けを求める声は、激しい刺激によりなかなか口に出なかった。
「・・・・お楽しみみたいだから、ここは後回しにするわね」
 シャディの虚ろな目と格好がそう判断する材料になったのだろう。アリスは持ち込んだ掃除道具を手に、早々に回れ右をした。
「やっはははあははは!待って待って待って〜、ひやっはははははっはははあははは!助けて!これ止めて〜!!」
 身体を叩きつける様に激しく上下させて懇願するシャディの悲痛な声に、アリスが振り向いた。
「一体どうしたの?」
 知ってか知らずか、アリスの口調はどこかのんびりしていた。
「うひゃっっはははははは!わ、訳はあと、あと、あっっははははははははは!後で話すから・・・いやっはははははあははははははあははははははははは!」
「え〜と、ちょっと待ってね。確かこれは・・・・」
 アリスは、コンソールの方に歩み寄ると、各パネルを眺めて総合停止のスイッチを見つけると、それを押した。
 と同時に、シャディを嬲っていたくすぐりハンドが一斉に停止し、台座の中に収納されて行った。
「あはっ、あはっ・・・・・・へぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 散々に嬲られたシャディは、ようやくに開放され、身を震わせながら大きな息を吐いた。
「それで、一体どうしたの?」
 心配したというより、興味津々な眼差しで問いかけるアリス。
「うん、それが・・・・・」
 シャディは息も整いきらないままに、我が身に起きた不幸を語った。

「・・・・・成る程・・・初心者特有の事故ね」
 話を聞き終わったアリスの感想は、シャディの予想とは異なっていた。
「ほぇ?」
「リモコンも良いけど、拘束状態からじゃ表記が読めないから、操作ミスを起こす事が有るのよ。シャディの一件がまさしくそれね。だから、一人で愉しむ時は、タイマー設定にしておけば良いのよ。そうすれば、オートで止まって拘束も解除されるから」
「う〜ん、成る程・・・・って、そこまで詳しいって事は、アリスもこれ試したの?」
 言葉内に秘められる事実にシャディは驚きを隠せなかった。
「あら、ここのお掃除当番の役得じゃない」
 まるで、それが常識だと言わんばかりに平然と言ってのけて、アリスは笑んだ。
「そんなの・・・考えなかった・・・」
 根本的に掃除当番を嫌がる彼女にとっては、考えもしなかった事に違いない。
「それじゃ、アリスも私みたいな失敗をしたの?」
 シャディの好奇心溢れる問いかけに、アリスはコクリと頷いた。
「リモコンを使うなんてしなかったけど、設定とタイマー設定を間違えて、無休の悶絶くすぐり責めを受けちゃったわ。あの時は何回イッてもマシンが止まらずに笑い悶えて、最後の10分位は、イキっぱなしだったわ・・・・あれは危険な快感よね〜」
「あ〜分かった分かった。もういい、話聞いただけでムズムズしちゃう」
 少々悦に入って語り出すアリスに、シャディは耳を塞いで頭を振った。実際今、くすぐり責めを受けていた彼女の身体は、想像しただけでもムズムズとした感覚が走る状態だった。
「それにしても・・・・・」
 アリスはちらりと上気したシャディの身体を見て言った。
「現実にここに来たのは私だったけど、旦那様が来られてたら、どうなってたでしょうね」
 意味ありげに笑むアリス。
「私って、そんなに乱れてた?」
「拘束された女の子が、服を乱して身悶えして、身体を火照らせて潤んだ目をしていたのよ。そんなの見せたら大抵の殿方は理性を失うんじゃない?」
 当人に自覚はなかったが、同姓にそこまで言わしめるのであれば、相当な物なのだろう。
「じゃあ、じゃあ、これで旦那様を誘惑するとか・・・・・出来ないかな?」
「無理でしょうね」
 シャディのささやかな悪巧みは、早々にして否定された。
「え〜どうして?」
「旦那様って、必要が無い限りここには立ち寄らないじゃない。仮に理由をつけて呼び出しても、こういう所に呼び出しをかけたら、怪しいって勘ぐられるわよ・・・きっと」
「む〜そうかぁ〜」
 せっかくの案が無効化し、シャディは拗ねた様相を見せる。
 実際、アリスの指摘は正しかった。だがそれは、確実とも言い切れない情報であり、気まぐれな影山の事である。違う言い回しをすれば、地下室へ呼び込む事は不可能ではなかっただろう。
 アリスはその点に気付きながらも、あえてそれを語らなかった。理由はもちろん、その誘惑方法をシャディに行わせない為・・・である。
 結局シャディは、有効と思われる誘惑案を自ら封印し、そのチャンスを気づかぬ内に失う事になる。
 ただ、得る物があるとすれば、彼女がくすぐりを体験し、それを堪能したと言う事であろうか・・・・・
 かくして、彼女達の均衡は今日も維持されたままであった。


 余談1)
 やや暴走気味となっていたメイであったが、アリス経由による影山の仲介によって、落ち着きを取り戻したと言う。
 その影には、またしてもおやつを20%減されたシャディの涙があったとか無かったとか・・・・・

 余談2)
 メイド衆は知らない事であったが、影山邸の地下室の各拷問部屋は、使用に伴い自動的に小型カメラが記録を取るように設定されていた。
 これはマシンの機能チェック・・・・・と言うのが建前で、主目的は、その映像を編集して販売し、影山の資金源とするのが目的であった。
 今回のシャディの一件やアリスの件も例外なく記録されており、数日後その映像を予期せず目の当たりした影山は、大いに平常心を失ったと言う。
 その後彼が『裏メイドシリーズ』と称したその記録は、決して他人には公開される事がなく、影山ただ一人の秘蔵の品となっているとかなっていないとか・・・・・・・・


 ともあれ、今日も彼等は平和であった・・・・・・・・


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